泰明




溺れるな― 溺れるなよ

底沼に 捕らわれるなよ



何もかもが変わってしまうから











 ・ ・ ・






秋の静かな夜

月は出ていない


曇り空の暗い夜



京の都の外れの森

深々と生い茂る大木の下で祇王は一人、佇んでいた



祇王にとって"山"という環境は特別であって

山奥であればあるほど、体の疲れは癒され神気は高まるのだ。





「葉狐か」


何かに気づいたようで、茂みに向かって声をかける



「何か面白い事でもあったのか」


そういうと、バサッという音を立てて茂みの中から一匹の狐が姿を現した。


「面白イ 陰陽師ト天狗 話シテタ」

「陰陽師と天狗?」

「ソウ オ前ノ知り合イ」



(―泰明か)



泰明は数日前から行方を眩ませていた。

四神復活の為玄武の祠を見つけ、その直後に姿が見えなくなっていたのだ。





「何を話してた?」

「陰陽師 様子オカシイ 天狗言ッテタ」

「様子がおかしい?」

「陰陽師言ッテタ 『神子ニ会イタイ』」

「・・・・・。」




(神子に会いたい?裏を返せば、会えぬ状況にあるということなのか?

  あかね殿も泰明の事を待っているというのに。

  あいつは天狗と何を話しているんだ・・・)





「会イニ 行クカ?」

「・・・え?」


狐は答えも待たずに歩き出した。




(もう少しここで休んでいたいのだが・・・

   仕方ない。あかね殿の為と思うか)














獣道を通り抜け、起伏の激しい地形を過ぎると綺麗な川が流れる少し拓けた土地に出た。

周りに生える木々はみな大きく、力強く根を伸ばしている。



(―あ)



はすぐに泰明を見つけた。

陰陽の狩衣を脱ぎ捨て、いつも束ねている髪を振りほどき、木に寄りかかって眠っていた。





「天狗ハ 居ナイナ」

「ん」




深と静まり返った森の中


いつの間にか月が出ていた。










「帰ル」



狐は オン と小さく鳴くと宙を舞い、消えた。















「泰明・・・神子殿が心配しているのに・・・」


(何で帰らない―)



そう心で呟きながら眠り続ける泰明の隣に座った。

泰明の寝顔は少し苦しそうだった。

悩み疲れたような表情をしていた。



(何をそんなに悩んでいる―・・・)


泰明は失踪する前から少し様子がおかしかった。

いつもは仕事を難無くこなし、無表情な顔して立っているような奴だったが

最近は、何か深い考え事をしているような

何かに戸惑っているように思えていたのだ。










「誰だ おぬし」


が頭上を見上げると、先程狐が話していた天狗が現れた。

「」

「? 泰明の知り合いか?

・・・妙な霊力をもっておるのぉ」

天狗は少し興味深そうに祇王を眺めた。


「泰明は何を悩んでいる」

「な〜に 楽しい事をじゃ♪」


天狗が嬉しそうに笑う。



「おぬしも人間じゃろ? 一度は経験しておろう」

「・・・」

「胸が高鳴ったり そのことしか考えられなくなったり」

「何の事かさっぱり」

「なんじゃ 白を切るな」

「はっきり言って下さい わかりません」

天狗は口を尖らせた。


「"恋"じゃよ」



は目を丸くした


「こ、い?」


ギャッハッハと声を上げて笑う天狗。



「泰明が恋? ・・・神子殿に?」

「神子殿に会いたい 会いたい 言うておってな」

「でも泰明に感情は―」

「恋っちゅーもんは 何も無いところからフツフツと湧き出てくるもんなんじゃよ♪」

「・・・はぁ」




は泰明の方を見た。


「恋・・・ねぇ」




(確かに 恋に悩んでるような顔つきをしているかも・・・)





「おぬし、見たところ男の成りをしておるが

  そうではないようじゃな。 何故じゃ?」

「話せば長い」

「長話は嫌いではないぞ」

「私は嫌いだ」

「つれないのぅ

 ・・・・・・・・あぬし、狐憑きか」

「その辺の輩と同じにしてもらいたくない」

「ほう・・・特異な。狐が好きか」

「・・・私の話をしに来たのではない。泰明は―」

「いや、狐に好かれたのか」

「・・・もうよい」



祇王は深く溜息をついた。

相変わらず天狗は可笑しそうににやけている。






「私はもう行く」

「泰明は放って置くのか」

「泰明の問題だ」


祇王がすっくと立ち上がり、とんっ と大きな岩の上に飛び上がる。


は小さく呟いた。






「溺れるなよ 泰明」





祇王は暗闇に姿を消した。



天狗は緩んでいた口元をゆっくり閉じた。

「見た目以上に大人よの」






天狗は空を見上げた。


星は 輝く。




(狐姫―  闇に囚われる事勿れ)




月は再び 雲に隠れた。



















後 書 き

なんか全然ラブラブは無いですスイマセン。
ってか泰あかじゃん!
狐姫=